俺はピエールを連れて漕艪甲板の中央口へと向かった。
中央口は上の砲列甲板へと上がる味方の水兵がいるのみで敵の姿は既にない。
「ご苦労」中央口を守備していた水兵たちにそう声をかけて砲列甲板へと上がる。
砲列甲板ではいまだ撃剣の音はするものの、漕艪甲板に下りた時よりはかなり小さくなっていた。
しかし時折上からけたたましい銃撃音が響いてくる。
上甲板の戦況はどうなっているのか・・・その時
「提督!」不意に呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だ。
「セドリックか!?」水兵を割って出て来たセドリック副長がほっとした表情を浮かべる。
「バルバストル艦長が負傷されたと聞いたので案じておりました」
「私はこの通り無事だ。それより今の上甲板の状況は?」
「はっ、敵は船尾に兵力を集中しています。上甲板の船尾楼周辺は敵の銃撃隊で固められ、銃撃戦の最中で白兵突破は極めて困難かと思われます」
先ほどからさかんに聞こえていた銃撃音の正体はそれか。
「砲列甲板から船尾楼への階段はどうなっている?」
「敵が剣兵を全て投入しているため我が方に多数の被害が出ており未だ突破できておりません」
セドリックが苦渋の表情で答える。
「よし、こちらも全ての剣兵を砲列甲板船尾に投入する。すまんが、掌兵長に伝えてきてくれ」
「すでに手配済みです、バリドー副賞兵長が指揮を取っておられます」
「副賞兵長が?掌兵長はどうした?」セドリックの言葉に不吉の影を感じながらも確かめずにはいられなかった。
「アラン掌兵長は残念ながら・・・戦死なされました・・・」俺の問いにそう答えるとセドリックは落涙した。
「掌兵長が・・・」俺は言うべき言葉が見つからなかった。
「他にアルノー航海長が戦死、バルザック副砲術長も重傷を負われました」
「アルノーも逝ったか・・・」そう呟くと俺はしばし瞑目した。
しかしそれも数分のこと、俺は眼を見開くとセドリックに言った。
「セドリック、ピエール行くぞ」俺はそう言うと、二人を連れて砲列甲板中央から船尾へと向かった。
今までの敵は苦も無く倒すことが出来た。
当然のことながら旗艦の水兵は純然たるフランス海軍の水兵・・・しかも選りすぐりの・・・で占められている。
だが、ラ・ガルドの旗艦の水兵はそうではないようだ。
その理由は恐らく、フランスを裏切る事に水兵の多くが従わず、やむなく粛清したためかも知れない。
砲列甲板を船尾へ向かうにつれて撃剣の響きが高くなってくる。視線の先には剣をうちかわす多数の水兵。
俺は剣を抜くと叫んだ。
「我はフランス海軍シェバリエ、ジャン・クロード!」
俺の声に激しく入り乱れて戦っていた味方の水兵が、剣を打ち合うのを止めて集結する。
敵の水兵も一旦敵陣に引き上げる。
俺は味方の水兵に眼をやると再び叫んだ。
「いざ進め、栄光あるフランス海軍の名の下に!」
「オオオオ~~~!!!」
味方の水兵から力強い歓呼の声が上がる。
「敵の提督だ!討ち取って名を上げろ!」
船尾に陣取った敵の水兵たちの中央、上級士官と思しきプレートメイルを着た男が手にしたブロードソードを突き出して叫んだ。
その声に敵の水兵も叫び声を上ると、剣を手に真一文字に突っ込んで来る。
サーベルを手に、俺に向かってきたのは3人の水兵・・・俺は油断なく構えた。
この3人、武器といい構えといい、元はフランス海軍の水兵であることは明らかだ。
おそらく上級士官直属の部下なのだろう・・・俺は二刀を持った両手首をクロスさせ、下段に構えた。
「降伏しろ!旗艦はすでに占拠しつつある。降伏すれば罪は問わない!」
無駄とは思いつつも俺は敵の水兵に向かって呼びかける。
だが、やはりそんな俺の声などまるで無視するように敵の水兵は味方との間合いを詰めてくる。
そして次の瞬間・・・激しい怒号と共に再び白兵戦が始まった。
いくら俺が剣に長じているとはいえ、3人同時に斬りかかられて無傷ですむとは思えない・・・俺は先制攻撃に出ることにした。
「は!!」裂帛の気合で踏み出すと、正面の水兵の懐に飛び込んだ。
右の剣で水兵の剣を受けると、左の剣を逆手に持ち替えて腹部に突き刺す。その瞬間左右の水兵が俺に剣を振り下ろす。
「ガキン!」4本の剣がぶつかり火花が散る。間一髪刃を合わせることが出来た。だが、左右の兵士が力任せに剣を押す。俺は後ろへ飛んだ。瞬間二つの刃が鼻の先を通り過ぎる。左右の水兵が態勢を崩した所で剣を左右の水兵の脇腹に突き入れた。
3人の水兵は床に倒れ苦悶の表情を浮かべて呻く。
俺は水兵たちに突き刺さった剣を引き抜くと、水兵を跨いで上級士官へと詰め寄った。
「ばけものめ・・・」上級士官はそう呟くと憤怒の表情を浮かべて剣を手に自ら向かって来た。
俺は迎え撃つべく再び構えを取った・・・その時、上級士官の背後の階段・・・船尾楼へ通じる階段から二人の男が降りて来るのが見えた。
「ラ・ガルド!!」俺は叫んだ。
白髪まじりの黒髪を後ろで束ね、カサドールコールに銀剣をさしたその姿・・・それは正しく養父ラ・ガルドであった。
ラ・ガルドは俺の声に反応し振り向いた。
そして指揮所から見せたあの冷たい眼差しを俺に向けるとそのまま漕艪甲板へと降りて行った。
「しまった!」俺は叫んだ。既に全ての水兵はここ砲列甲板と上甲板に集中しており、漕艪甲板に兵はいないはずだ。
しかし・・・ふと思った。
漕艪甲板の下は船倉・・・つまりは行き止まりだ。それなのになぜ下へ?
「死ね!」目の前に迫った上級士官が繰り出した剣を剣で受け止めると俺はそのまま力任せに押し返す。
「ピエール、セドリック、ここは任せる!」
そう叫ぶと上級士官の胴を剣で薙いでそのまま漕艪甲板へ続く階段の方へ走り抜ける。
階段の前にいた水兵にシミターを投げるとそのまま階段へと踏み入った。